ドクター山見 公式ウェブサイト:ダイビング医学・潜水医学 diving medicine 潜水障害(diving injury)  
    救急的な処置を必要とするもの
  動脈ガス塞栓症(arterial gas embolism)
 原因
 動脈ガス塞栓症の発症メカニズムは3つあります。減圧性気胸によるもの、静脈内気泡が肺毛細血管を通過して動脈に進入するもの※1、心臓の右左シャント(卵円孔開存など)や肺動静脈瘻を通して静脈内気泡が動脈系に移行するものです。

※1 潜水後、減圧症を発症しなくても気泡が静脈内に生じることは珍しくありません。ほとんどの静脈内気泡は肺毛細血管で捉えられて呼気として排出されます。

動脈ガス塞栓症が起こるメカニズム
【1】 浮上中に肺が破けて、肺の空気が動脈に入り、脳まで運ばれ詰まってしまう(この原因が最多)。
肺の気圧外傷後に発生する。通常の自然気胸や外傷性気胸では、肺の空気が血管内に入ることはほとんどないが、肺の気圧外傷では、膨張した空気が行き場を失い血管中に入ります。

【2】 末梢にできた気泡は、静脈を流れて肺まで到達し、通常トラップされ(捕捉され)排出されますが、肺の毛細血管を通過してしまうと、動脈中に入り脳まで運ばれてしまう。
静脈内に気泡が多いと肺のガス塞栓を起こすため、胸痛を伴うことがあります。

【3】 心臓や血管の形態的な特徴から、静脈中の気泡が直接動脈に移行してしまうこともある。
心臓の右左シャントを起こす疾患、肺動静脈瘻などがあります。

 症状
 主な症状は脳の中枢神経症状です。意識障害、運動神経障害(片麻痺)、視力障害、言語障害、失語、自律神経障害、知覚障害などが現れます。重症なものは、浮上中または潜水終了直後に起こります。肺の気圧外傷を伴った明らかな動脈ガス塞栓は、罹患者の約3分の1が死亡します。

 治療
 減圧症に対する高気圧酸素治療は、通常、2.8絶対気圧(0.28MPa)まで圧力をかけて保圧し、酸素吸入をしますが、脳の動脈ガス塞栓症では、一旦、6.0絶対気圧(0.60MPa)
まで加圧して、血管内の気泡を小さくした後に、2.8絶対気圧まで減圧してから酸素吸入します(アメリカ海軍治療表Table 6A:図)。0.60MPa(6絶対気圧)まで加圧する理由は、圧力によって血管内気泡を縮小させるためです。心肺停止状態にある患者では、身体内の気泡を取り除かない限り循環が回復しないため、高気圧酸素治療装置内で蘇生を行う必要があります。

  肺水腫
 潜水中に突然、肺水腫(身体の体液が肺にたまる病気)を起こすことがあります。多くは減圧時(浮上時)の発生ではなく気泡の影響で生じる病態ではないので、減圧症とは異なります。溺れやパニック、急浮上の原因になります。切迫した呼吸状態から救急車で医療施設に搬送されることもあります。必ずしも高気圧酸素治療を必要としません。病院に搬送され、倍たる(脈拍、血圧など)が安定していれば呼吸管理や点滴補液などで多くは数日以内に改善します。

  肺過膨張症候群
 肺の気圧外傷(減圧性気胸)は、2次的に動脈ガス塞栓症を引き起こすことがあります。これらの病態を総じて肺過膨張症候群といいます。動脈ガス塞栓症を起こすのは、肺から漏れた空気が膨張して血管内に進入するためです。肺の気圧外傷の誘因には、浮上中に呼吸を止める行為(パニックを起こしたときなど)、急浮上または浮上しながらの咳嗽などがあります。肺内の圧力が上昇したときに、物理的に肺組織を傷つけることが原因です。減圧性気胸の治療は自然気胸に準じます。動脈ガス塞栓を合併する場合は高気圧酸素治療を必要とします。減圧性気胸に動脈ガス塞栓が合併すると30%以上が死亡します。

  中耳腔リバースブロック
 「非救急的なもの(中耳腔リバースブロック)」を参照

  外リンパ瘻(がいりんぱろう)
 中耳腔スクイーズまたは耳抜き時のいきみなどが原因で起こる内耳窓(卵円窓または正円窓)損傷(破れ)を外リンパ瘻といいます。内耳窓が損傷すると蝸牛のリンパ液が中耳腔に漏出します。症状は、めまい、難聴、耳鳴りです。一刻を争う緊急性はありませんが重度の場合は遅滞なく手術をする必要があります。軽度な場合は自然治癒することもあります。前庭神経症状を伴う減圧症との鑑別は重要です。外リンパ瘻は高気圧酸素治療(加圧・減圧・耳抜き)によって再燃することがあるため禁忌です。

 潜水事故と溺水・溺死
 私たちが行っているDAN Japanホットライン(緊急電話相談)にコールしてきたダイバーのうち、潜水障害の約90%が20ー30歳代のダイバーです(40歳以上はわずか10%弱)。一方、潜水中に死亡したダイバーでは、40歳以上の中高齢者が約50%を占めています。潜水の死亡事故原因には年齢に関する要因(体力低下と病気の保有)が強く関わっていることが考えられます。
  潜水で死亡した日本人ダイバー132名の原因を調べると(潜水中の死亡は広い意味では溺死なので、溺死という分類は使用しない)、潜水の途中で独りになってから死亡した症例が38.6%を占めています。これらのダイバーは、最初はバディーと一緒に潜水していたにもかかわらず、途中でそれを解消、または水中で、はぐれて、その後、死亡したということです。最初から単独で潜水していて死亡したダイバー(31.1%)との合計は約70%にものぼります。もし、独りになっていなかったら、器材のトラブルも発作的な病気であっても、バディーに助けてもらえたかもしれないと考えられます。

潜水事故と溺水・溺死

   

非救急的なもの
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